内容説明
打算のことを、西欧では計算主義的理性と言う。その意味で「打算的人間」とは、すなわち「近代人」ということである。私は近代人と付き合っているうちに、次第に、もう人間ではいたくないな、と思うようになって来た——文学に命を賭けた「阿呆者」が、この世という「苦の世界」を抉り出す!
昭和三十六年春、私は県立姫路西高等学校の入学試験に落第した。やむなく市立飾磨高等学校に入学したが、呆然自失——。自棄糞になって、以後二年間、播州の山野を駆けめぐった。蝶を殺すことが目的だった。が、三年生の五月、ふとしたことから夏目漱石「こゝろ」を読み、死んだ者が生き返るような清気を得て、以後、学校の図書室で岩波書店版漱石全集を全部読んだ。以来、六十二歳になる今日まで、文学一筋に生きて来た。こういう私の生き方を嘲笑う人がたくさんいた。ことに三十代の八年間、料理場の下働きをしていた時は酷かった。ところが以後、三島由紀夫賞や直木賞を貰うと、人はぺたりと掌を返すのだった。さもさも私を偉い者のように取り扱うのである。これには呆れた。依然として私は阿呆のままである。さんざん苦労を舐めさせた母親に言わせれば、おまはんほど気むずかしい阿呆はおらへんわな、ということになるのであるが。——「阿呆者」より
昭和三十六年春、私は県立姫路西高等学校の入学試験に落第した。やむなく市立飾磨高等学校に入学したが、呆然自失——。自棄糞になって、以後二年間、播州の山野を駆けめぐった。蝶を殺すことが目的だった。が、三年生の五月、ふとしたことから夏目漱石「こゝろ」を読み、死んだ者が生き返るような清気を得て、以後、学校の図書室で岩波書店版漱石全集を全部読んだ。以来、六十二歳になる今日まで、文学一筋に生きて来た。こういう私の生き方を嘲笑う人がたくさんいた。ことに三十代の八年間、料理場の下働きをしていた時は酷かった。ところが以後、三島由紀夫賞や直木賞を貰うと、人はぺたりと掌を返すのだった。さもさも私を偉い者のように取り扱うのである。これには呆れた。依然として私は阿呆のままである。さんざん苦労を舐めさせた母親に言わせれば、おまはんほど気むずかしい阿呆はおらへんわな、ということになるのであるが。——「阿呆者」より
1 | 愛別離苦 怨憎会苦 求不得苦 五陰盛苦 |
2 | 文学の基本 石見紀行 西行 源実朝 一休 もう人間ではいたくないな 萬鐵五郎の美人画 |
3 | ある恐怖展 阿呆者 |
4 | ある読書体験 夏目漱石「夢十夜」 美人の小説 「史伝 隠国」あとがき 聖者の歌 湯川書房で出してもらった小説や句集 はじめての聞き書き小説 内田百間小論 嘉村礒多の業苦 中島敦「山月記」について 芥川賞と直木賞 |
5 | 政治について モモちゃんの行方 無関心・好奇心・おしゃべり まさかの坂を上って なりの悪い男 ぽろり 沼津千本浜公園 コロッケ 本郷の坂道 ネオン 日本人と宗教 世捨人 電気 私の駆け出し時代 私の母 父・市郎のこと お四国巡礼を了えて でもしか教師 羞恥心のない男 私の好きな一句 |